COLUMN コラム
思い出の家族旅行

8月が過ぎ、夏季休暇を利用してご家族で旅行に出かけられた方も多かったのではないでしょうか。
私には、この旅行シーズンになると思い出す、今だからこそ笑い話として振り返ることができる「ある旅の思い出」があります。それは昨年のゴールデンウィーク、某大手航空会社の「どこかにマイル(4つの候補地からシステムがランダムに決定するサービス)」を利用して、家族旅行を計画したときのことです。
事前に提示された候補地は、東京・大阪・仙台・秋田の4つでした。「東京ならディズニーランド、大阪ならUSJ、秋田は私の出身地なので帰省かな」などとあれこれ想像を巡らせていましたが、数日後に届いた決定通知に記されていたのは、事前のプランには入っていなかった「仙台」でした。
一瞬プランが白紙になり落胆したものの、どうしてもディズニーランドに行きたかった娘の顔が浮かびます。そこで「仙台―東京間は新幹線で1時間半程度である」ことに着目し、仙台から日帰りでディズニーランドへ行くという、少々強行軍のプランを思いついたのです。
旅行は5月1日からの4日間。
迎えた2日目、計画通り早朝7時50分に仙台を出発し、東京駅を経由して、京葉線で舞浜駅へも順調に到着しました。ここまではすべて計画通りだったのですが、天気ばかりはコントロールできませんでした。
到着時に小雨だった雨は、1時間後には大雨へと変わり、地面が冠水して靴まで水が染み込んでしまう厳しい状況になりました。通常であれば早々に切り上げることも考えましたが、その日は夕食にショーレストランを予約していたため、意地でも留まるしかありません。何とか夜まで室内アトラクションを中心に過ごしました。衣服を濡らしながらもディナーとショーを満喫し、帰路につく頃には家族全員が疲れ切っていました。
しかし、本当の試練はここからでした。
帰りの東京駅でのことです。新幹線の出発時刻を「19時50分台」だと思い込んでいた私は、19時35分頃にのんびり新幹線の改札へ向かいました。そこで電光掲示板を見て、大きな勘違いに気づきます。私が記憶していた「50分」は朝の仙台発の出発時刻であり、これから乗るべき新幹線の出発時刻は「19時40分」だったのです。
出発まであと3分しかありません。慌てて改札を通ろうとするも、なぜか娘の切符がエラーで弾かれてしまい、さらにタイムロス。広大な東京駅のホームで、娘を抱きかかえて東北・北海道新幹線の乗り場へ猛ダッシュし、発車間際の新幹線に何とか乗り込むことができました。
一安心したところで、自分たちの座席である「11号車」を探します。まずは進行方向と逆に進むも号車番号が若くなる(1号車に近づく)ため、慌てて逆方向へ。しかし、今度は10号車で行き止まりになってしまいました。11号車が見つからないのです。
ゴールデンウィーク前日の満席の車内を、荷物と娘を抱えて往復し、途方に暮れ、偶然見つけた車掌さんらしき方にすがりつこうとしたところ、開口一番「自分は警備の人間なので……」と制されてしまいました。そこをなんとか!と事情を話すと、警備員さんは一言、明瞭に教えてくれました。
「11号車は、連結している『こまち』の方ですね」
ご存じの方も多いかと思いますが、東北新幹線「はやぶさ」と秋田新幹線「こまち」は、東京から盛岡駅まで連結して運行しています。そして、車内の通り抜けはできません。つまり、一度ホームに出て外から乗り直さなければ、11号車には行けない仕様になっていたのです。

幸い、次の停車駅である大宮駅まではあと数分の状況でした。もし大宮を過ぎてから気づいていたら、私たちは仙台までの間、せっかく予約していたグリーン車に座ることもできず、通路に立ち尽くすところでした。大宮駅のホームを急いで移動し、ようやく席に座れた瞬間、娘は安心したように眠り込んでしまいました。親の不手際で申し訳ないことをしたと猛省した瞬間です。
その後、仙台のホテルに辿り着いたときには、外はまたしても激しい大雨でした。深夜まで片付けに追われましたが、翌朝のニュースで「前夜、大雨の影響で京葉線が運休になった」ことを知り、紙一重の連続だった旅の運に感謝しました。
ちなみに翌3日は一転して快晴に恵まれ、私が小学生の頃に修学旅行で訪れた思い出の遊園地「八木山ベニーランド」で、今度こそ1日中穏やかに楽しむことができました。
当時はトラブル続きで生きた心地がしませんでしたが、今では家族の間でたびたび笑い話として語り継がれる、印象深い旅の経験となっています(このコラムのネタにもできました)。
9月も連休がありますが、皆さまもご旅行の際は、どうぞ入念なご確認をお忘れなく。
この記事を書いた人
常務取締役菊池 亮平


