COLUMN コラム
連載コラムVol.18 ファンタジーと三つの三角

快速列車は車輪のスキール音を響かせながら、夕暮れ時の小樽駅5番線へゆっくりと滑り込んだ。レトロな面持ちの駅舎が私たちを迎えてくれる。そこには、現代とは少し時間の流れが違うような、ノスタルジックな世界が広がっている。まるでファンタジーだ。

駅舎を出ると、そこには小樽の現実がある。行き交うインバウンド客。その一方で、どこか物悲しさを漂わせるテナントビル。繁栄と衰退が、仲良く同居している。
私たちは進路を左に取る。
古い石積みの階段を上ると、そこには過去へと誘う扉が待っていた。
扉を潜る。
するとそこには、所狭しと鮮魚店がひしめき合う昭和の市場が現れた。威勢の良い掛け声、魚の匂い、雑多な店先。そして、どこか懐かしい空気。古き良き小樽が、そこにはある。
そう、ここは「三角市場」。
一つ目の三角である。
僅か70mほどの三角形の斜辺を歩き、時空を超えた昭和の旅は終了。私たちは再び令和の現代へと戻ってきた。
ふと左を見る。
船見坂が目に入る。
そして、その坂の途中に二つ目の三角があった。
上り坂の警戒標識である。
「15%」。

出た。
建設コンサルタントの悲しい性である。観光地に来ても、景色より勾配が気になる。普通の人なら「きれいな坂だね」で終わるところを、こちらは「15%か……」となる。
気になったら、歩くしかない。
80mほどの坂道を上る。高低差は約12m。次第に大腿四頭筋に乳酸がたまり始める。
「15%」を身をもって実感したところで、坂の上に三角屋根の白くてモダンな建物が見えてきた。
これが、三つ目の三角である。
地中海を思わせるような建物の外観。しかし、不思議なことに、古き小樽の象徴ともいえる船見坂と実によく調和している。
これもファンタジーだ。
建物の入り口には、小さなサインボードが置かれている。
そこにも三角があった。
そして三角の下には、可愛らしい文字で、
「坂と線路とバゲットと」
と書かれている。
そう、この三つ目の三角こそ、今年3月にオープンした気になるお店、パンカフェ・バル「坂と線路とバゲットと」なのである。
本日はここで、ワインとパンをいただくことにする。
ちなみに、このサインボードの三角には、何となく親近感を覚える。よく見ると、弊社の社章と線対称のデザインではないか。

偶然か、必然か。
これは調査する必要がある。
もっとも、調査するほどのことでもない。

さて、ドアを開けて店内へ。
そこには、木のぬくもりと暖色系のライティングに包まれたファンタジー空間が広がっていた。ディスプレイされた美味しそうなパンが、私たちを歓迎してくれる。
その横にはカウンター席が続き、窓越しには函館線の線路を見下ろすことができる。
そして、その線路の向こう側には木々が生い茂っている。
春には色とりどりの花。
夏には深い緑。
秋には紅葉。
季節ごとに表情を変える美しい景色が、窓の向こうに広がる。
これはもう、立派な「借景」である。
私たちは店舗奥のボックス席に陣取り、まずは道産のスパークリングワインで乾杯。
グラスに注がれた上品な気泡と黄金色のワインがランプの光を受けて輝いている。
なんだか少しリッチな気分になる。
爽やかな喉越しが、坂道で疲労した身体を優しく癒してくれる。
15%の坂を上った甲斐があった。
各々が思い思いの料理を注文し、食事が始まる。
食事を彩る相棒には、道産の赤ワインを選択。
食が進む。
ワインが喉を潤す。
話が弾む。
そして、楽しさが増幅していく。
どうやら、この空間には人を魔法にかける力があるらしい。

その魔法にかかった状態でいただいた料理の中から、特に忘れられない二品を紹介したい。
【一品目 道産ニシン&りんごのピクルス】
「ニシンとりんご?」
最初にメニューを見た時の率直な感想である。
この組み合わせ、大丈夫なのか。
その疑問を、この料理は見事なまでに裏切ってくれた。
口に入れた瞬間、まずニシンの食感と魚の旨味が広がる。
「なるほど、ニシンだ」
ここまでは普通である。
ところが次の瞬間、瑞々しいりんごの食感と甘酸っぱさが、ニシンの風味を波のように包み込んでくる。
そして、その後から柔らかなポテトが怒涛のように押し寄せてくる。
最後はバゲットが、すべてをきっちりと受け止めてくれる。
海からニシン。
大地からりんごとポテト。
そしてバゲット。
道産の海と大地の恵みが奏でる、見事な四重奏である。
「ニシンとりんご?」
などと疑った自分を少し反省した。
【二品目 海苔バターカナッペ】
こちらも常識を覆す逸品である。
美味しい。
とにかく美味しい。
バゲットに岩海苔を乗せ、バターをトッピングしただけのシンプルな料理なのだが、その味とバランスが絶妙なのである。
「よくぞ考えたな」
思わずそう言いたくなる。
はっきり言って、ご飯のおかずである。
海苔とバターの塩気、磯の香り。それらを母材であるバゲットがしっかりと受け止める。
主張しない。
でも、ちゃんと主張する。
この、ちょっとヤンチャな感じがたまらない。
あまりの美味しさに、再注文してしまった。
これはもう、料理に対する評価ではなく、執着に近い。
以上の二品は、人生において食べる機会に恵まれなければ不幸である、と断言したい。
それほどの逸材である。
白い三角屋根のファンタジー空間は、何度でも訪れたくなる。
昼でもいい。
夕方でもいい。
誰かと一緒でもいい。
ひとりでもいい。
その時々のシチュエーションを不思議なほど受け入れてくれる、そんな懐の深い空間である。
小樽駅を出る。
三角市場を歩く。
15%の坂を上る。
三角屋根を見つける。
そして、ワインとパンを楽しむ。
振り返ってみれば、私たちは三つの三角を追いかけていただけなのかもしれない。
しかし、その先に待っていたのは、美味しい料理とワイン、そして函館線を見下ろす美しい景色だった。
偶然なのか、必然なのか。
それは分からない。
ただ一つ分かっていることがある。
「坂と線路とバゲットと」は、ファンタジーである。
そして私は、またその魔法にかかりに行きたいと思う。
この記事を書いた人
専務取締役田村 智樹

