COLUMN コラム
連載コラムVol.17 新しいオフィスと8月のキノコ

8月から新しい事務所で業務を行っている。
弊社にとっては、初めての引っ越しである。創業以来の一大事業と言っても過言ではない。何しろ、会社ができてから今まで、ずっと同じ場所で仕事をしてきたのである。
かくいう私も、旧事務所には40年間通った。
40年である。
もはや「通勤していた」というより、「旧事務所に通い続けていた」と言った方が正確かもしれない。いや、もしかすると、旧事務所のテナント方々が「毎朝、私が来る」と思っていた可能性もある。
今回の移転により、通勤経路が変わり、日々の風景も変わった。もちろん、事務所の窓から見える風景も変わった。長年見慣れた景色が変わるというのは、なかなか感慨深いものである。そして、何より気持ちが一新する。
新しい事務所には、最新のビルインフラやセキュリティー、安全性、そして広く快適な空間が整えられている。
隔世の感がある。
旧事務所から新事務所へ。
私自身も、40年の時を超えて、ようやくアップデートされたような気がする。
検討段階では、「デザイン経営」「オフィス機能の追求」「快適な空間づくり」「空間プロデュース」「コンセプト」「ファニチャー」などなど、いかにもカッコいい言葉が飛び交った。
最近のオフィスはカッコいい。
私が若い頃のオフィスといえば、鼠色の机、黒い電話、書類の山、灰皿……という時代である。所謂、昭和である。しかし今では、令和では、働く空間そのものが企業の考え方や姿勢を表現する。
さて、このカッコいいオフィスが、社員の中でどのように昇華され、弊社にどのような未来をもたらすのだろうか。これこそが、デザイン経営の神髄なのではないかと、私は勝手に思っている。ただし、どんなにオフィスがカッコよくなっても、最終的にはそこで働く人間次第である。
カッコいい空間で、カッコよく仕事をする。
少なくとも私は、そうありたいと思っている。
……思ってはいる。
さて、本文の冒頭で「通勤経路が変わり、日々の風景も変わった」と書いた。私は通勤の際、自宅から最寄りの駅まで10分ほど歩いている。その道のりは、季節ごとにさまざまな表情を見せる。毎朝、いろいろなことを感じながら歩いているのである。そして、今頃の時期、つまり8月になると必ず現れるものがある。
決まって、雨上がりの晴れた朝である。
今年も、やっぱり現れた。
それが、これである。

「テングタケ」というキノコだ。
見るからに「食べてはいけません」と訴えかけてくる外見である。
茶色い傘に白いイボ。
キノコ界の中でも、かなり目立つ存在である。もし人間であれば、街を歩いているだけで必ず二度見されるタイプだろう。そして、当然のことながら毒キノコである。ところが、見れば見るほど、妙な好奇心が湧いてくる。
「食べたらどうなるのだろうか?」
「美味しいのだろうか?」
「これだけ毒々しいのに、実はものすごく美味しかったらどうしよう?」
などと、余計なことを考えてしまうのである。
調べてみると、テングタケにはイボテン酸という成分が含まれており、非常に強い旨味を持つとも言われている。なんでも、グルタミン酸をはるかに上回る旨味成分を有するという話もある。つまり、毒キノコなのに、ものすごく美味しい可能性がある。これは困る。
「まずいから食べない」で済む話なら簡単なのだが、「美味しいかもしれない」という情報が、かえって人間の好奇心を刺激する。しかし、そこは毒キノコ、食べれば、下痢、嘔吐、めまい、錯乱、運動失調、幻覚、悪寒、けいれんなど、さまざまな中毒症状を引き起こす可能性がある。
美味しいかもしれない。しかし、その後に待っているのが「幻覚」や「けいれん」では、さすがに料理としてはおすすめできない。
雨上がりの朝、テングタケを見つける。
立ち止まって眺める。
「今年も出たか」と思う。
そして、少しだけ考える。
「どんな味なのだろう……」
しかし、私はまだ食べていない。
今のところは。
もし、来月のコラムが休刊になっていたら――
私が誘惑に負けて、テングタケを食べてしまったと思っていただきたい。 いや、正確には、食べてしまった可能性を疑っていただきたい。
人間の欲望と毒キノコといえば、やはり往年の怪奇映画「マタンゴ」である。「マタンゴ」については、別の機会にお話しすることにしよう。
新しいオフィスで始まる新しい日々。そして、通勤途中に現れる毒キノコ。新しい環境になっても、私の通勤には、どうやら変わらない楽しみが残っているようである。
では、次回をお楽しみに。
この記事を書いた人
専務取締役田村 智樹


